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August 26, 2005
シモノフの第9
ARIOSOというレーベルが出していた Great Artists in Russia という4枚組のCDがあります。Vol.1と2とあって,オイストラフ(指揮)とかソンデツキスとかキタエンコとか,わりと渋めのロシアの演奏家によるロシア以外の作品が入って,廉価で売られていました。最終的には4枚で数百円まで下がったような。で,このVol.2のほうにシモノフ指揮ボリショイ劇場管弦楽団によるベートーヴェンの第9と言うのが入っています。ところがこれ,独唱者や合唱団が書いていないのです。
さて,この3月にシモノフとモスクワ・フィルが来日したので,私も聞きにいってきて,そのときに自主制作CDを何枚か買ってきました。その中にベートーヴェンの第9もありました。これは2002年録音の「モスクワ・フィル80周年」という2枚組CDの2枚目で,これにはちゃんと独唱者も書いてあります。私は,ARIOSO盤は,ひょっとしたらこれのコピーじゃないだろうか,と考えたわけです。オケ名の誤表記と言うのはよくあるし,もしこの二つが同じ録音なら独唱者もわかるわけです。
まずは演奏時間を比べてみようと思いました。モスクワ・フィル盤のほうは 17'01"/11'48"/15'34"/23'15"と表記がありますが,ARIOSO盤のほうは表記がありません。そこで,パソコンのCDドライブに入れてみました。するとなんと…。
…私は普段パソコンでCDを聞く習慣がないのですが,CDDBというんでしょうか,データベースにそのCDの演奏者とか曲目を読みにいきますよね。いつもは気にしたこともなかったんですが,私のデスクトップのWinampに出てきた文字は "Karajan" ...どうやらこの演奏,シモノフではなくてカラヤンの83年録音のコピーだったようなのでした。私はこのカラヤンのCDを持っていないのですが,レコ芸のイヤーブックを調べると,演奏時間もARIOSO盤とほぼ同じだし,間違いないでしょうね。がっくり。
ちなみに21日のエントリーで書いたRegis盤をパソコンに入れてみると,しっかり Polyanskyと表示されました。CDDB,なかなか役に立ちます。それにしてもロシアのレーベル,もう信用できねえ…。
投稿者 Hayes : 04:59 AM | コメント (6) | トラックバック
August 24, 2005
トルクメニスタンで「録音された音楽」が禁止に
旧ソ連のトルクメニスタンといえば,独裁者ニヤゾフ大統領の支配が長年続いていることが知られていますが,そのトルクメニスタンでニヤゾフ大統領がとんでもない法令を出しました。「録音された音楽を,人の集まるイベントや放送,結婚式などで再生してはいけない。」というのです。「トルクメニスタンの伝統的な音楽を外国の影響から守るため」というのですが,輸入盤規制どころじゃないですね。なお,ソ連時代に作られたオペラ・バレエの劇場は,すでに閉鎖されています。
ちなみにトルクメニスタンの放送は,ニヤゾフ大統領の詩や著作に音楽をつけたものが大量に放送されているとか。
ネタ元:
Brachman.com経由のyahoo.com
投稿者 Hayes : 05:26 PM | コメント (0) | トラックバック
これがショスタコーヴィチ指揮のLP(偽物)です
下のエントリーでちょっと触れた,ショスタコーヴィチ指揮と称するLPです。まあショスタコーヴィチ・ファンの方なら偽物だということはすぐわかりますよね。下手すると50ドルぐらいで売ってる店もあるのですが,これは8ドルぐらいだったので話の種に買ってみました。中身はムラヴィンスキーのスタジオ録音と同じものだそうです。ちなみに私自身は未聴…。

投稿者 Hayes : 02:13 AM | コメント (0) | トラックバック
August 21, 2005
ショスタコーヴィチのインチキ&エラーCD
1980年録音のコンスタンチン・イヴァノフ指揮モスクワ・フィルとシャフラン(vc)による,ショスタコーヴィチの交響曲第15番とチェロ協奏曲第1番というCDがありました(Regis RRC1181) が,これがなんと真っ赤な偽物で,実はポリャンスキーとヘルメルソンのCHANDOS盤と全く同じもの(というか,コピーですね)だったそうです。DSCH Journal No.23, p.95に,Regis社のロビン・ヴォーン氏のコメントが載っているのですが,Regis社も騙された側のようです。なんでも,送られてきたテープにコンドラシン指揮と書いてあったので,Regisがモスクワ・フィル側に問い合わせると(1980年録音ですしね),モスクワ・フィル側は「あれは間違いで,実はイヴァノフ指揮だった」と言って来たそうです。まあこの時点でなんとなくあやしいのですが,ともあれRegis社がそれを信じてリリースしたところ,シャフランの崇拝者であるチェリストのスティーヴン・イッサーリスが電話で「あれはシャフランの演奏ではないのではないか」と指摘しました。そしてイッサーリスはシャフランの未亡人にも電話したところ,彼女はシャフランが第1番を録音した可能性はないということを断言,調査してみたところ,ヘルメルソンの録音であることがわかったわけです。モスクワ・フィル側は当初否定していましたが,「エンジニアがテープのラベルを間違えたようだ。」と言ってきました。しかしまあ最初から存在しないテープとラベルを間違えるというのも変な話です。Regis社はこのCDを回収し,すでに購入した人には返金すると言っています。
ところが話はこれで終わりませんで,Clarton(Pearls of Classic) というレーベルから出ている,セルゲイ・スクリプカ指揮モスクワ交響楽団,チェロがメデア・メイザニヤンという組み合わせによる同じ曲目のCD(KZZ CLARTON CQ 0069) も,どうもこのシャンドス盤のコピーのようなのです。ちなみに Regis盤もこちらも同じ Aquarius Music という会社のマスターです。同じ元ネタで2度も騙そうとはあつかましいというかタコヲタをなめてるというかヲタの習性をよく知っているというか…。でもまあ、こっちのCDは雑誌に書いてあったのでなく私が気づいたのですが,聞いたらすぐ「これは変だな」と思いました。だって,モスクワ響がショスタコーヴィチの15番をこんなに上手に演奏できるはずありませんから^^;。
昔からショスタコーヴィチ指揮の10番のLPだとか,PRAGAの偽ライヴ(この会社のは本物もあるのでややこしい)だとかインチキ録音はありますが,こういうのはやめてほしいですね。
もう一つ,こっちは悪意のない間違いのCDですが、Revelation からロストロポーヴィチの独奏によるショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番,第2番というCDが出ていました(RV10087)。ところが,このCD,ショスタコーヴィチの第2番が入っているべきところに、全然違う別の曲が入っているのです。いったい誰の曲だろうと以前から知りたく思っていたのですが,20世紀ポルトガルの作曲家ロペス=グラーサ(Fernando Lopes-Graca 1906-1994)の『コンチェルト・ダ・カメラ』という曲だったということを最近知りました。なお,このCDはイェダンから再発売されましたが,こちらはちゃんとショスタコーヴィチの2番が入っています。Revelation盤でも初期に出たCD以外だと2番が入っているのもあるかもしれません。ちなみに,ロペス=グラーサの協奏曲もロストロポーヴィチが初演した曲で,EMIのライヴ録音ボックスセットにも入っています。この件のソースは DSCH-ML です。
投稿者 Hayes : 05:14 PM | コメント (7) | トラックバック
August 09, 2005
ブゾーニ『トゥーランドットの音楽に』翻訳
ブゾーニのエッセイ集『音楽の単一性について』から Zur Turandotmusik という文章の翻訳です。原文は見開き2ページで、これで全部です。まあよくわからんところもあるのですが、ないよりはましということでご勘弁。
トゥーランドットの音楽に
ベルリン、1911年10月
専門外である批評や文学史の領域にはなんとか迷い込むことなく、ゴッツィの『トゥーランドット』への私の音楽と,私に課せられた課題に対する私のかかわりに関してのみ,少しばかり前置きをさせていただこうと思う。
ドイツ音楽においては,語られるドラマのための音楽は、古典の模範がいくつかある。ベートーヴェンの『エグモント』,シューマンの『マンフレッド』,メンデルスゾーンの『夏の夜の夢』,さらにはヴェーバーの実に面白い半オペラ『オベロン』。それに対してイタリアの音楽では、このような種類と形式を私は知らない。だから私はゴッツィの『トゥーランドット』に対する私の音楽を,イタリアの戯曲を音楽的に「説明する」最初の試みとみなしている。ゴッツィ自身,たくさんの音楽を指定している。しかもそのような箇所には,当然あらわれる行進曲や舞曲のリズムだけでなく,なにより素材のメルヘン的な性格が示されている。実際,音楽抜きの「メルヘンドラマ」というものはほとんど考えられないし,特に,魔法の出てこない『トゥーランドット』では,超感覚的な,非日常的な要素を描き出すという,やりがいのある,不可欠な役割が音楽に与えられている。私はもっぱら本物の東洋のモチーフと表現形式を用いた。そして紋切り型の劇場的エキゾチズムと関係を保っていると思う。
私が『トゥーランドット』を作曲したとき,当然イタリア語の原書は手元に持っていたが、シラーの脚色版は考慮しなかった。なぜなら私はシラーの作品は脚色であって翻訳ではないとみなしており、シラーを用いると、ゴッツィの精神から遠ざかるという感じを持ったからである。私にとって本質的なことは、一貫して―悲劇的なものと隣りあう場面においてさえ―大事なのは遊びだという感覚が、シラーにおいては全く脱落しているということである。この効果のためには、主として、ヴェネツィアの観衆と舞台の間に架空の東洋の間の橋をかけ、そうして本当の出来事だという錯覚を再びぶち壊す、イタリア人にはおなじみの仮面の登場人物が貢献している。この仲介役は特に、ヴェネツィア人の機知を体現し、故郷の町に対するほのめかしと方言の言い回しによって絶えず周囲にある現実を思い出させるパンタローネに振られている。情熱と遊び、現実と非現実、日常性とエキゾチックな幻想の、この一貫した多彩な交代こそ、ゴッツィのこの「中国の劇場メルヘン」において、私を最も刺激したものなのである。(ドイツ劇場報)
(Ferruccio Busoni: Von der Einheit der Musik, Max Hesses Verlag, Berlin, 1922, S.172-173)